東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2510号 判決 1955年10月27日
原告 中島実
被告 東京昼夜信用組合
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は被告は原告に対して金五十万円及びこれに対する昭和二十九年六月一日以降完済に至るまで年五分一厘の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、原告は昭和二十九年六月二十五日訴外安藤元雄に対して取引限度額金五十万円とし石炭を売渡す旨の契約を締結し、その際訴外梶井一雄は右売買代金を担保するため、同人が被告組合(被告組合の当時の名称は宏和信用組合)に有していた証書番号第高一四四号、金額五十万円、期間六ケ月、起算日昭和二十九年六月一日、支払期日同年十一月三十日、利息年五分一厘との定期預金債権に質権を設定し、同日右証書及び被告組合高田馬場支店長酒井勝美の右債権に対する昭和二十九年六月二十五日付質権設定承認書の交付を受けた。
その後原告は安藤元雄に対して約定通り五十万九千二百二十七円相当の石炭を売渡したが、右代金の支払をしないので、右定期預金債権に対する質権に基いて、被告組合に支払を求めたが、これに応じない。被告組合は、昭和二十九年六月二十五日前記質権設定承認書によつて右質権の設定を承認したものであるから原告は被告に対して右質権に基いて、金五十万円及び昭和二十九年六月一日より同年十一月三十日まで約定の年五分一厘の割合による利息並に同年十二月一日以降完済に至るまで約定の年五分一厘の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、被告の答弁に関し、「仮に被告組合高田馬場支店は、所轄官庁の認可及び登記がなく酒井勝美は正式の支店長として定期預金証書発行及び同預金についての債権設定を承認する代理権限がないとしても被告組合は事実上右支店名を称えた店舗を開設し、同所において預金の受払の業務を行わしめ酒井勝美に同店舗の長として一切の業務を担当させていたのであるから原告は右酒井において右業務上の権限に附随して更らに定期預金証書の発行及び同預金についての質権設定に承諾を与えることについても被告組合又は同理事長の代理権があつたものと信ずべき正当の理由を有するもので、被告組合はその点についても責めを負うべきである。又、たとえ、定期預金証書の裏面に理事長の承認がなければ質権を設定し得ない旨の記載がされているとしても、同理事長の承認行為についても酒井勝美に代理権限があるものと原告が信ずるについて正当な理由があるものである。仮に右主張が認められないとしても原告は昭和二十九年七月初旬頃、被告組合本店に赴いて、同本店勤務の被告使用人に右定期預金債権に対する質権設定の通知をなし且その承認を受けた。同使用人は当時右本店において前記高田馬場支店業務の整理を担当していたのであるから、理事長の補助者として右通知を受領し、且つその承認をする権限を有していたものである。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、「訴外梶井一雄が被告組合に対して、原告主張の定期預金債権を有したことは認めるが、原告と訴外安藤元雄の間に、原告主張の売買契約が締結され、安藤元雄の債務について梶井一夫が、右定期預金債権に質権を設定したことは不知、被告組合が右質権設定を承認したとの主張は否認する。なお被告組合は安藤秀雄に対して金百万円の手形貸付をなし、梶井一雄はその連帯保証人となつていたが弁済期に右債務の支払がなかつたので昭和二十九年九月十日梶井に対する右保証上の債権と本件定期預金債務とを相殺する旨内容証明郵便を発し、同書面は翌十一日右訴外人両名に到達したから本件預金債務は既に消滅している。」と述べた。<立証省略>
理由
成立に争いのない甲第一、第三号証及び原告本人尋問の結果並に同尋問の結果により正しく作成されたものと認められる第十号証を綜合すれば、原告はその主張の頃、その主張の債権について被告組合に対する原告主張の定期預金債権に質権を設定したことを認めることができる。
そこで右質権の設定について被告組合に対し対抗要件が具備されているか否かを見ると、
(一) 原告がこれによつて右定期預金債権に質権を設定することを被告組合で承諾したと第一次に主張する(甲第二号証)質権設定承認書の記載内容によれば単に前記定期預金債務について他に質権設定をすることを承認するというのみであつて、果して何人に対する質権の設定を承認するのか明でない。このような質権者の明でない質権設定の承諾はせいぜい質権設定について制限のあるものを解除する旨の一般的承諾となり得ても(後記(四)参照)質権設定の対抗力を具備するための承諾としては結局無意味に帰し、而も右書面の記載からは、同承認には別に、改めて同質権設定の通知又は承諾を要しないことの特約を含む趣旨をも読み取れないし、このような特約の存在についての主張もないのみならず、民法第三百六十四条、第四百六十七条の法意は、右のような債務者及び第三債務者間の特約を以つて第三債務者に対する権利質権設定の対抗要件を省略することを許すものとも解されない。従つて甲第二号証によつて被告組合の前記承諾を得たとする原告の主張はこの関係の他の判断をするまでもなく失当である。
(二) 原告がその主張の頃直接被告組合本店に赴いて本件質権設定の通知をしたとの主張は、質権の設定は設定者から通知すべきであつて質権者から通知してもその設定の対抗要件を満たし得ないことは前記法条に照し明であるからこれを採り得ない。
(三) 原告は右通知の際、同時に被告組合本店使用人によつて本件質権設定について承諾されたと主張し、成立に争のない甲第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、右の際に原告は本件定期預金債権証書(甲第一号証)質権設定承認書(甲第二号証)等を被告組合本店における高田馬場支店業務の処理担当者青木敏に示し、本件預金の存在及び質権設定手続の有効性について問い合せたところ、同人はこれで間違いがない旨を答えたことを認め得られるので、質権設定について特別の定がなく、右青木に権限がある限り、青木の右回答を以て新な同承諾又はその追認があつたものとして差支えない。然し、本件預金債権を証する前記定期貯金証書(甲第一号証)にはその裏面に「この貯金は、組合長の承認がなければ他人に譲渡又は質入することはできません」と印刷明記されており、これは被告組合と預金者との預金に関する契約の一部として本件預金債権についても効力のあるものとみられるところ、被告組合のようにいわゆる庶民金融機関(弁論の全趣旨によつて明である。)として多数の預金事務を処理する場合において右のように承諾による譲渡質入のみを認め、而もその方式を特定することは債権の譲渡性を制限する特約として権利関係を明確にする上で適切且つ有効というべきであつて、その組合長の承諾の方式については更らに特定の文書の形式等の定はないが、通常は組合長名による書面上の承諾が考えられ、一事務員が口頭で前認定のような回答をしたことで、右に特定された組合長の承諾を伝達したものと考えることはできない。又右のように特に「組合長の承認」とした所以は、被告組合代表者本人尋問の結果によつてうかがわれるように庶民金融機関においては預金は同時に借受金の担保となる場合が多く、従つて、預金債務の譲渡質入を承認するには見返りの貸金状況を調査する等の必要上右承諾に関する事務を本店組合長の下に統一し、その名においてのみ承諾し代理名義による承諾を認めず、これをなすことがない旨を明にしたものであることが考えられるので右青木が代理権者として前記回答をしたとしてもこれは無権限の行為であり、而もこのことは前記証書(第一号証)に明記されていることであるから、原告が責木に右権限があると信じたとしても、そのことについて正当の事由があるとは云えない。故にその方式及び権限のいずれの点からも青木の前記回答を以て被告組合の本件質権設定の承諾とはなし難い。
(四) 右(三)において認定した本件定期預金債権質入承認の権限及び方式を特定した趣旨から推論すれば、右特定による制限を解除し、一般の債権と同様の譲渡質入性を附与することも右特定された権限と方式に基くことを要するのは自明であるから、右に基かない前記質権設定承認書(甲第二号証)の記載内容によつて、本件債権の質入が一般に可能となつたものとし、これについて対抗要件の具備状況を検討する必要もない。
以上のように、原告はその主張の質権について被告に対する対抗要件を欠いているのであるから、その他の点についての判断をするまでもなくその請求は失当である。
よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を、適用して主文の通り判決する
(裁判官 畔上英治)